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国際人権ひろば No.97(2011年05月発行号)

特集 企業と人権を考える Part2

企業の社会的責任(CSR)をめぐる動向~国連による人権に関する企業責任文書作成とその世界的な導入~

菅原 絵美(すがわら えみ)
大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程

はじめに

 東日本大震災がもたらした被害はあまりにも甚大であり、被災地の一日も早い復興が願われるなか、民間の活躍、NGOとともに企業の取り組みが目立つ。義援金や商品・サービスの寄付に加え、企業の持つ技術力・運輸力などを活用した支援も見られる。このような自然災害に加え、環境破壊、開発など社会的な課題の解決のなかで、企業に対する国内外の期待が大きくなるに伴い、企業の社会的責任(CSR)をめぐる企業自体やそのステークホルダーの取り組みも広がりを見せている。現在、世界的なCSRの動向のなかで人権が主流化・統一化してきている。例えば、国連グローバル・コンパクト10原則、ISO26000やOECD多国籍企業ガイドラインなど、その乱立が混乱を招いてきたCSRの文書化のなかで、人権が重要課題とされ、導入される内容が一本化されてきている。この人権の主流化・統一化の中心にあるのが国連「保護・尊重・救済」枠組(以下、「国連枠組」とする)である。経営・事業活動のなかで企業がどのように人権との関わりを持つのか、その具体的な内容はこの後の論稿に譲り、本稿では、CSRをめぐる動向として、国連による人権に関する企業責任文書の作成とその世界的な導入について論じる。

1.国連による人権に関する企業責任文書作成の試み:人権規範から国連枠組へ

 国連による企業行動への注目は、第三世界へ先進国企業が進出し始めた1960年代に始まり、UNCTADやILO、WHO、UNICEFなど国連諸機関が企業行動ガイドラインを作成してきた。特に人権を包括的に取り上げたのが「人権に関する多国籍企業および他の企業の責任に関する規範」(以下、「人権規範」とする)および「企業と人権に関するガイディング原則:国連『保護・尊重・救済』枠組の実施」(以下、「ガイディング原則」とする)である。
 人権規範は、1980年代後半から進められた旧国連人権小委員会による研究を基礎に、2003年8月に採択された。「一般的義務」の項目において、国家が第一に人権保障義務を負うことを確認したうえで、企業は、その活動および影響の範囲内で、国際法および国内法で認められた人権を保障する義務を負うとされた。
 このように人権規範が企業に国際法上の義務を課し、国連によるモニタリングなどの実施手続を規定したことから、企業の強い反対や先進国を中心に慎重論があり、推進を訴えるNGO側との間に深い意見対立が生じた。旧国連人権委員会は、2004年に「企業と人権」の重要性は認める一方で、2005年には国連事務総長に特別代表を任命するよう求め3、マンデートのひとつとして「人権に関する多国籍企業および他の企業の責任と説明責任の基準の特定および明確化」を求めた。結果として「人権規範」に代わる新たな国連文書作成が着手されることになった。
 事務総長特別代表に任命されたジョン・ラギーは6年にわたる企業および多様なステークホルダーとの協議を経て、2008年報告書において「国家の人権保護義務」「企業の人権尊重責任」「救済へのアクセス」を3つの柱とする国連「保護・尊重・救済」枠組(以下、「国連枠組」とする)を提案し4、2011年3月には国連枠組を実施するためのガイディング原則を発表5、6月に国連人権理事会で正式な採択に向けて検討されることになっている。以下、国連枠組およびガイディング原則の内容を紹介する。

2.国連枠組およびガイディング原則の内容

 国連枠組は、前述の通り、国家の義務、企業の責任、救済の3部構成であるが、本稿では企業責任とその実施に関する部分に限定して取り上げる。
 国連枠組およびガイディング原則は、国際的に認められた人権を企業は尊重する責任があることを規定する。この人権には、世界人権宣言、国際人権規約、および労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言の規定内容が最低限含まれる。また企業責任は、国家の能力とは独立に存在するため、国家の義務に代わることはなく、また国内的実施の程度に関わらず、事業活動およびバリューチェーンといった関係性において実現される。企業責任の実現については、これまでCSRの取組みのなかでの人権課題は個々の部門ごとに取り組まれ、体系的にマネジメントとして取り組まれてこなかったことを指摘し、企業の人権尊重責任を果たすには次の内容を満たす必要があると提案した。
(1)人権尊重を盛り込んだ基本方針の表明
 基本方針は策定時に経営トップのコミットを得るとともに、専門家の意見やステークホルダーの期待を反映する。加えて、取引先との契約や調達基準、人事評価に組み込むなど、人権方針を具体的事業や工場・営業所等現場の方針に反映して、実践的に活用する。
(2)人権への影響を特定、予防、軽減、説明するための4つの人権デューディリジェンスプロセス
 ①企業活動が人権に与える影響の特定・評価
 (人権影響評価)
 人権影響評価とは、専門家やステークホルダーとの協議を通じて、バリューチェーンや進出先でのリスクを特定し、自社事業が人権に与える影響を評価することをいう。既存のリスク評価や環境影響評価に組み込むことが望ましい。定期的に、また新規事業・重要な事業決定・事業変更の際は事前に、事業のライフサイクル全体に対して行う。
 ②人権影響評価結果の組織への組込み
 人権影響に関する責任を適切な地位や部門に割り当て、社内プロセス(意思決定プロセスや予算策定、監査プロセスなど)に組み込む。
 ③パフォーマンスの継続的評価
 人権の取組報告の際に定性的な評価に加え、数値目標による定量的な評価を行う。社内外のステークホルダーからフィードバックを得るとともに、経営トップ等への内部の報告制度のなかに組み込む。
 ④外部へのコミュニケーション(報告)
 自社の人権影響を反映し、読者がアクセスしやすい形式と頻度を確保し、読者が企業の人権への取組みを評価するに十分な情報を提供する。
(3)マイナスの人権影響を改善するためのプロセス
 自社が原因となり助長したマイナスな人権影響については積極的に改善に取り組む。ただし、自社がマイナス影響の原因でなく、取引先の事業、製品やサービスが直接関連する場合は、当該企業は、企業の人権尊重責任からは、改善を求められない。さらに、実効的な非司法的救済のポイントとして、ステークホルダーからの信頼(正統性)、ステークホルダーのアクセス可能性、ステークホルダーとのエンゲージメントや対話に基づいているか、などを挙げている。

3.国連枠組への世界的な支持と批判

 国連枠組は、人権規範と異なり、政府、国際機関、NGO、そして企業自体からも広く支持を集め、世界的なCSR文書に導入されてきた。例えば、国連グローバル・コンパクト(GC)の人権作業部会では、2007年7月の第1回会合より事務総長特別代表への協力を確認、2010年5月にはGCの人権原則と国連枠組との対応関係をまとめた共同文書を作成するなど、GC参加企業・団体を巻き込む形で、国連枠組を導入し、支持してきた。2010年11月に発行したISO26000の「6.3」の人権の章においては、国連枠組が示した人権尊重責任や人権デューディリジェンスが取り入れられた。また、現在改定中のOECD多国籍企業ガイドラインでは、ラギーによる議論に触れ、一規定であった人権を独立の章として拡充することや、ガイドラインをサプライチェーンへ適用する際の明確なガイダンスを示すことが検討されている。EUは、2009年11月にラギー本人を招いての「保護、尊重、救済」をテーマとするCSR会議を開催、2010年秋には国連枠組をEUにおいて活用する際の研究書を公表、加えてウェブを通じて国連枠組やガイディング原則を紹介するとともに、これらへの支持を表明したEUのステイトメントを掲載している10。フランス、ノルウェー、南アフリカ、英国など各国政府に加え、国際商工会議所や国際経営者団体連盟などの企業団体、Business and Human Rights Resource CenterやSA8000の認証機関SAIなど市民社会組織からも支持を集めてきた。
 しかしながら、国連枠組に対する反論も人権NGOを中心に主張されてきた。例えば、ガイディング原則草案に対するパブリックコメントを取り上げると、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチやOxfam、SOMO、ESCR-Netなど人権NGOが単独または共同のコメントを提出して、自身の意見や懸念を主張している11。NGO側の批判としては、①企業が人権を尊重するよう国際人権法上の義務を負うことを示す法的なステイトメントとなっておらず、現行の国際人権法および実行から導くことができる解釈から逆行した内容となっている、②内容が明確でなく裁量の余地が多い、③国連におけるフォローアップメカニズム、具体的には国連人権理事会での特別手続などのメカニズムが必要である、などがあげられる。

むすびにかえて

 国内外のCSR動向において人権への取り組みの重要性が高まるなか、国連枠組およびガイディング原則が世界的なCSR文書に導入され、内容の統一化が進んでいる。ガイディング原則は、新たな国際法上の義務を創出せず実施手段も設けていないことに加え、協議という形で企業および多様なステークホルダーを参加させながら作成したことが幅広い支持へとつながったと考えられる。企業経営に人権の視点を取り入れるという点でガイディング原則が示した人権方針、デューディリジェンスおよび改善のプロセスは有用である一方で、人権NGOが示した国際人権法との整合性やその実効性への懸念は慎重に検討していかなければならない。

筆者は、(社)部落解放・人権研究所企業部会とともに、企業がCSRを人権の視点から見直し、より持続可能な企業経営の実現を目指すための自己診断を作成した。下記のURLを参照。
http://blhrri.org/kenkyu/project/human_rights_csr/human_rights_csr.htm
E/CN.4/Sub.2/2003/12/Rev.2,E/CN.4/Sub.2/2003/38/Rev.2.
E/CN.4/RES/2005/69,para.1.
A/HRC/8/5.
A/HRC/17/31,Annex.
ラギーは2008年報告書(脚注4)において「企業が人権尊重責任を果たすにはデューディリジェンスが求められる」としている。デューディリジェンスとは「相当の注意」を意味する用語である。
International Standard Organization, ISO26000:Guidance on Social Responsibility(First Edition 2010-11-01),para.6.3.
OECD,Terms of Reference for an Update of the OECD Guidelines for Multinational Enterprises(4 May 2010),
http://www.oecd.org/dataoecd/61/41/45124171.pdf,
pp.3-4.
DanielAugenstein,Study of the Legal Framework on Human Rights and the Environmental Applicable to European Enterprises Operating Outside the European Union(Submitted by The University of Edinburgh and Conducted for the European Commission, Directorate-General for Enterprise and Industry)(Oct.2010),
http://ec.europa.eu/enterprise/policies/sustainable-business/files/business-human-rights/101025_ec_study_final_report_en.pdf
10 http://ec.europa.eu/enterprise/policies/sustainable-business/corporate-social-responsibility/human-rights/index_en.htm
 (as of 24 April 2011).
11 取り上げたNGOのコメントを含め、ガイディング原則草案に寄せられたコメントは下記を参照。
http://www.business-humanrights.org/SpecialRepPortal/Home/Protect-Respect-Remedy-Framework/GuidingPrinciples
(as of 24 April 2011).