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国際人権ひろば No.95(2011年01月発行号)

国際開発協力の現場から日本社会に問う Part 3

貧困者に届く支援を--日本のアフリカ向け ODA の課題

大林  稔 (おおばやし みのる)
龍谷大学経済学部教授

アフリカの貧困者とは
 

 先日、 学生たちと 「アフリカの貧困者」 について議論した。 そこで気づいたのは、 かれらが貧困者を 「社会から排除された人たち」 とイメージしていたことだ。 このイメージは、 おそらく日本の現実を反映しているのだろう。 しかし、 アフリカの貧困者は違う。 アフリカ民衆の大半は、 国連や世界銀行の定義 (一日1ドル以下) に従うと、 貧困者に分類される。 彼らは普通の庶民、 社会そのものだ。 もちろん、 アフリカにも 「排除された」 人たちは存在する。 かれらは、 HIV・エイズで働き手を失った世帯や障害者など、 働く上でハンディを負った人々で、 その暮らしは一段と厳しい。
 以下、 かれらアフリカの貧困者と排除された人々の手に、 日本の公的開発援助 (ODA) が届いているかどうかを考えてみよう。

幽霊援助
 

 国際的な NGO、 アクションエイドは、 Real Aidという報告書 (Action Aid International 2005, Real Aid, An Agenda for Making Aid Work) の中で、 ODA 全体の61%が貧困者に役立たない 「幽霊援助」 だと批判している。 「幽霊援助」 として槍玉に上がっているのは、 高価な、 あるいは非効率な技術協力、 貧困削減を目的としていない援助、 債務削減として二重に計上された援助、 紐付き援助、 調整がなくあるいは手続きが煩雑な援助、 不要な援助行政の費用などだ。 ちなみに、 このレポートでは、 日本の援助 (アフリカ向け以外も含む) の47%が幽霊援助に分類されている。

貧困者に届くのを阻む三つの壁
 

 アクションエイドの報告書は、 ODA 全体を対象としている。 ここで日本のアフリカ向け ODA に限定して、 貧困者に届いているかを見てみよう。 しっかりした数字を算出した研究はないが、 手に入るデータから見る限り、 貧困者には気の毒だが、 悲観的に考えた方が良さそうだ。
 TICAD 市民社会フォーラム (NGO) が、 「貧困者に役立つ援助」 という観点から日本の ODA 評価を6年間続け、 その成果を 「アフリカ政策市民白書」 (晃洋書房) として出版した。 この白書は2005年版から2008年版まで4年度にわたって公刊されている (残念ながらその後の出版は中断している)。 第一号の市民白書 (石田洋子・大林稔編2005 「アフリカ政策市民白書2005−貧困と不平等を越えて−」 晃洋書房) は、 農村での NGO との共同調査を通じて、 日本の援助の多くが貧困層に届いていないと結論づけている。
 白書はコミュニティ向けの施設建設について 「対象層が適切に選ばれていなければ、 コミュニティの上層の人々の暮らしを良くすることに貢献して、 コミュニティ全体の貧困はある程度改善できたとしても、 貧困層はそのままで、 不平等をさらに拡大してしまった可能性もある。」 と指摘している。
 また技術援助について、 市民白書はこう述べている。 「貧困層を直接対象とするようなプロジェクトよりも、 政府要人や行政官を対象とし、 政府機関の組織強化を行って、 貧困層への間接的な効果を狙うプロジェクトが多い。」 アクションエイドの報告書でも技術援助は評判が悪く、 非効率と指摘されていた。 なお、 技術援助はアフリカ向け ODA の20%を占める重要なものだ。
 実は白書は貧困層に身近な事業に絞って評価を行っており、 貧困者に無縁だと判断された事業は評価対象としていない。 残念ながら、 ODA の大半は後者に属する。 例えば、 上に述べたコミュニティ向け施設支援は、 日本のアフリカ向け二国間 ODA (以下アフリカ向け ODA) の3−4%にすぎない。
 アフリカ向け ODA の45%は公共事業 (インフラストラクチャー建設) に当てられている。 事業のほとんどは大都市や幹線道路沿いにあったり、 または幹線道路そのものだったりする。 貧困者の大半は農村に住み、 しかも貧困であるほど都市や幹線道路へのアクセスが悪い。 インフラストラクチャーが経済を潤しても、 かれらにその利益が回ってくるのは最後だろう。 運が悪いと、 成長とともに拡大する格差の底辺に落ち込んでいくおそれもある。
 また供与物資や政府への財政支援がアフリカ向け ODA の約25%に上る。 これらは直接・間接に政府に資金がわたる援助で、 貧困者には大半が無関係だ。以上市民白書の分析をまとめると、 日本の援助は、 インフラストラクチャーを提供するか、 政府あるいは行政官への支援が大半であり、 貧困者に身近な援助も、 貧困者に届いているかは疑問だと考えられる。

間接援助
 

 次に日本の ODA が貧困者に届きにくい理由を考えてみよう。 最大の理由は仕組みにある。 日本の ODA の仕組みは、 直接貧困者に届くようにではなく、 政府を支援するように設計されおり、 貧困者には 「間接援助」 なのだ。 まず援助の半分近くは、 すでに述べたように政府の公共事業、 特に大型事業を支援ないしは肩代わりするものだ。 次に技術援助も大きな割合を占めるが、 受益者は行政官であり、 貧困者は行政のサービスが 「間接的に」 改善されるのを待つしかない。 ODA の広報では、 日本人が現地の人々に直接働きかけている写真を目にすることが多いが、 これらは行政官に技術を伝える試験事業の風景であり、 住民はたまたま技術移転の練習台に選ばれた人たちなのだ。

転換する対アフリカ ODA

 第四回アフリカ開発会議 (2008) を転機に、 日本の ODA 政策はアフリカ重視にかじを切った。 この会議の冒頭挨拶で、 福田首相 (当時) は、 2012年までに対アフリカ ODA を倍増することを約束した。 日本が援助増額をはっきり約束したのは、 1993年の第一回会議以来、 初めての出来事だった。 アフリカ重視は大使館数の増加にも現れた。 日本の大使館は、 2007年にアフリカ54カ国中24カ国に設置されていたが、 現在その数は32に増加している。
 アフリカ重視の背景には、 国民の間にアフリカへの関心が高まっていること、 2000年代に入ってアフリカが高成長を記録していること、 アフリカの資源の重要性が増していることがある。 また、 中国のアフリカ進出、 アジア諸国の日本の援助離れが進んでいるなどの外的要因も影響しているとみられる。 これらがからみ合って、 アジアからアフリカへの ODA シフトを生み出しているのだろう。

援助倍増は貧困者の役に立つのか
 

 問題は、 ODA のアフリカシフトが貧困者の利益になるかどうかだ。 残念ながら、 援助増加の貧困者へのインパクトを調べた研究はない。 前述した市民白書の編集グループが、 白書復刊に向けて研究を進めており、 その成果を待つしかないようだ。 しかし、 政府の出版物から見る限り、 アフリカ開発会議以降も、 間接援助の見直しは全く行われていない。 アフリカ援助を貧困者に役立てるためには、 こうした仕組みの抜本的な改革が不可欠だろう。

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タンザニアの仕立屋さん。 店主は HIV ポジティブだが、 マイクロクレジットを得て開業した。 (2010年8月撮影)

貧困者に役立つ ODA へ
 

 筆者が考える 「抜本的改革」 とは、 具体的には次の三点からなる:
1. 貧困者への直接移転
 貧困者に直接力になる援助、 人々の力を引き出す支援が求められる。 特に現金の移転・金融サービスが重要だ。 排除された人々には現金移転で暮らしを支え、 一般の人々にはマイクロファイナンス (マイクロクレジットに加えて保険、 貯蓄などを含む貧困者への総合金融サービス) により市場活動を支援する。
2. 貧困者自立への環境整備
 貧困者が手にした現金や貸付を有効に使うには、 自立のための環境を整備することが重要だ。 村と幹線を結ぶ簡易道路、 ローカル言語の小規模ラジオ、 携帯電話の普及、 自立型小規模発電、 飲料水の確保、 学校の整備、 保健所の完備などが求められている。
3. パートナーの拡大
 以上二つを実現するには、 政府だけをアフリカ側のパートナーとしていては不十分だ。 貧困者自身が組織する農民組合などの各種団体や、 貧困者を直接支える NGO への支援にシフトすることが必要だ。 アフリカでは、 最も活発なのは民衆の互助組織であり、 ついで NGO や民間企業などの民間部門が人々の暮らしを支えている。 残念ながら政府組織は弱体で、 時には腐敗している。 もっとも貧困者から遠く、 非効率な組織とだけ仕事をしても、 貧困者には届かない。 援助とは無関係に人々は働き、 助けあって生きている。 ODA に求められるのは、 そうした努力を応援することだ。

まとめ
 

 ODA というと、 その目的について議論が行きがちだ。 しかし、 日本の ODA の最大の問題は貧困者の利益とならない仕組みにある。 この仕組のもとでは、 援助の目的がなんであれ、 貧困者に届くのは ODA 全体のうちわずかな数滴にすぎない。 たとえ援助額が増えても、 滴り落ちる量は微増にとどまるだろう。 ODA がアフリカに真剣に向かい合うには、 貧困者に届く仕組みへと作り変えることが鍵だ。