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国際人権ひろば No.89(2010年01月発行号)

「あの人、鬱(うつ)に苦しんでいました」

白石 理(しらいし おさむ)ヒューライツ大阪所長

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約
第12条 1 項
この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。

 一人の壮年の男性が自殺した。家族の人が悲嘆にくれながら、「あの人、鬱(うつ)に苦しんでいました」とぽつりともらしたそうである。私の旧来の友人はうつ病から立ち直った経験を持つ。うつに苦しんでいた時、船のデッキからなんども海に飛び込みたいという衝動に駆られたという。なぜかは本人にもわからない。あとに残される家族のことを考える余裕はなかったと振り返っていた。この人は電気ショックという大変きつい療法で治癒したとのこと。そしてもう一例。子育てを終えた女性である。子どもに手もかからなくなったし、夫も間もなく定年退職という 2 年ほど前にうつになったという。医者によればもっと前からその兆候があったはずだとか。その後、医者を変え、薬を変え、具合が良くなったりまた悪くなったりで浮き沈みを繰り返している様子である。今は身内の人に「死にたい」と言っているとか。

 報道では、2009年も自ら命を絶つ人が 3 万人を超えた。日本社会の現実である。その中で第一の原因がうつ病であるという。

 かつて自殺は自分の冷静な判断による選択であるという考えがあった。自殺をそのようにとらえて、キリスト教では、神が与えた命を人間がかってに絶ってはならないといわれた。自殺した信者の葬式も埋葬も教会ではできなかった。しかし近年このようなとらえ方は、多くの場合間違っていると考えられるようになった。自分が熟慮のうえ決断して命を絶つというより、追い詰められ、とっさに自殺を図るのである。うつがそうさせるという。長期うつ病に苦しんでいたか、一時的なうつ状態からくる一瞬の発作的な動きがそうさせたかはともかく、正常な精神状態での行動ではないことが多いという。「自殺した人は救われない」とは誰にも言えない。

 多くの人は失意、困難、不幸に襲われた時、うつ状態になった経験を持っているのではないか。私にも若い時にそんなことがあった。何をする意欲も出てこない、眠れない、常時疲労感がある、食欲がなくなる、悲観的になる、人との接触を避けようとする、など、つらい一時期があった。ある夜寝床に入って、「明日の朝二度と目覚めることがなければ楽になれるか」という思いがよぎった。周りの人たちに助けられて、幸いうつがうつ病に進行することはなく、半年ほどで元気を取り戻した。私にはその原因がよく分かっていた。失恋である。私にもひたむきな青春時代があったのである。

 うつ状態が進行すると脳内神経伝達物質のバランスの乱れがうつ病をひきおこすという。人間関係から起こる問題、家庭の問題、事業の失敗と破産、仕事上の問題、失業、いじめ、過労など、今の社会に満ちているストレスの原因をため込むことによってうつ状態が深刻化することがあるという。治療には抗うつ剤が使われる。現状では350~600万人がその治療を受けているといわれる。日本の精神医療の現状は、個々の患者の状態に合った治療がままならない状態で、その分、治療薬を多用することになる。

 先日ヨーロッパのうつ対策の報道番組をテレビで見たが、そこでは、自殺を減らそうという社会の取り組みの中で、医療従事者をはじめ、家族、社会が協力してうつに苦しんでいる人一人ひとりも向き合い、それぞれのニーズに応じているということを知った。番組に出てきた専門家によれば、日本の現状は、うつに対する一般の理解が十分でないこととともに、精神医療に個々の人に向かい合った治療をする余裕がないことが緊急の課題であるとされていた。

 実は、私は今抗うつ剤を取っている。別の疾患の治療で取っている薬の副作用でうつ状態になっているとの診断で、処方された抗うつ剤である。これは、脳内の神経伝達物質のセロトニンの働きが乱されることが原因だと説明された。私の担当医から薬についての説明、副作用、服用期間など時間をかけて丁寧に説明してもらい不安はなかった。残念ながらこれは日本での話ではない。

 「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する」ことは、すべての者に認められた権利である。すなわち人権である。これには適切な医療を受けることも含まれている。精神医療はしばしば治療が長引くことがあり、一人ひとりと向き合って治療をすることがとくに大切であるといわれる。「人を大切に」ということが人権の根であるということをかんがみれば、人権の視点から、社会で可能な限りうつを防ぐ対策が取られることと精神医療が治療を必要とする一人ひとりに人として向かい合うことができる条件を整えることは、自殺を防ぎ大切な人のいのちをまもるためにも大切である。

特集:日韓交流シンポジウム「外国籍市民と共に暮らす地域を考える」

 ヒューライツ大阪は2009年10月24日、(特活)関西国際交流団体協議会との共催で、韓国からスピーカーを招いて日韓交流シンポジウム「外国籍市民と共に暮らす地域を考える」を大阪国際交流センターで開催した(助成:大阪国際交流センター)。今回のシンポジウムは、2007年に開催した移住女性に関する国際シンポジウム「女性の人権の視点からみる国際結婚」(8月・ソウル)と「移住女性労働者の人権保障を求めて」(10月・大阪)、2008年の国際シンポジウム「多文化家族と地域社会-日本・韓国・台湾における共生を考える」(10月・大阪)などにおける議論を継承し発展させるために企画したものであった。NGO 関係者、市民ボランティア、研究者、学生など多様な人たち75人が参加した。本号では、第1部の基調講演と第 2 部の報告を要約して紹介する。

(日韓シンポジウムの写真を1枚挿入)

プ ロ グ ラ ム

第 1 部:基調講演

武者小路 公秀(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター所長、ヒューライツ大阪会長)
外国籍市民の不安全と闘う―日韓協力の可能性

第 2 部:韓国と日本の地域における取り組みと課題

オ・ギョンソク(漢ハ陽ニャン大学多文化研究所研究教授)
外国人の集住地域アンサン市における共生への道

山本 かほり(愛知県立大学教育福祉学部准教授)
東海地方における外国籍住民施策と市民の役割について

平井 正次(大阪市市民局人権室外国籍住民施策担当課長)
大阪市の外国籍住民施策の取り組み

第 3 部:パネルディスカッション

4人の報告者と参加者とのやりとり


コーディネイター 
有田 典代(特活 関西国際交流団体協議会事務局長)

基調講演