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国際人権ひろば No.89(2010年01月発行号)

東海地方における外国籍住民施策と市民の役割について

山本 かほり(やまもと かおり)

日系ブラジル人の増加

2007年に外国人登録者数をめぐり3つの「逆転」が起きた。一つが、これまでずっとトップを占めていた韓国・朝鮮籍者に代わり、中国籍者が一位になったこと。もう一つは、在留資格が「特別永住者」つまり旧植民地出身者とその子孫の人たちよりも、「一般永住者」が多くなった。そして、愛知県が大阪府を追い抜き、東京都に次いで二番になったということである。外国人の人口比率では、愛知県は07年以来、日本で第一位となっている。

 90年に入国管理法が改定されて、日本人の血が入っていれば、わりに簡単に日本で働くことができるようになった。「単純労働者」は受け入れないという国の政策は一貫して崩していなのだが、この入管法改定によって、ブラジルをはじめ南米から日系人がたくさん来日した。特に、愛知県はトヨタを中心に、その周辺の岐阜、三重、静岡、長野なども製造業が非常に盛んな地域である。合法的に働けるということで、多くの人たちがやってきたのである。そこで、これまでいろんな調査が明らかにしているが、地域社会でさまざまなトラブルが発生した。
 たとえば、ゴミ処理をどうするかという問題。従来の地域社会にとって、収集日以外の日にゴミを出されるとか、窓の上から汚物が降ってくるなどは堪らないということになった。それをどうやって解決するかということで、その地域社会がまず自治体に要請するといったことを通じて、愛知県内または東海地方の外国人施策が動き始めたと言われている。
 一方、国は何もしなかった、受け入れは決めたけれども、その後にどうするのかという政策を何も持たないまま、外国人が増えていったのだ。

「移民政策」の不在

 近年、日本における移民政策を立てるべきだという考えが生まれてきているが、日本政府はいまだに「移民」としてとらえず、あくまでも「外国人労働者の受け入れ」の域を出ていない。すなわち、いつかは帰ってくれるだろうという考えだ。したがって、日本政府は増加し続ける外国籍住民をめぐる政策というのはほとんど立案してこなかった。そのため、地方自治体は、地域の要請を受けて、一応外国人施策を実施するしかなくなってきた。それが愛知県などにみられる実情なのだ。
 ゴミ問題で言えば、たとえば、ゴミ収集日のカレンダーをポルトガル語に訳すなどである。さらに、英語、韓国語、中国語、スペイン語にも訳され多言語化を進め、とにかく少しでも情報が行き渡るようにした。また、市役所の中に通訳者を配置して、たとえば外国人登録という最初の窓口で困らないようにするため、自治体が対処してきたわけだ。
 そうして、内外人平等の考え方とともに、多文化共生の考えも加えられながら施策が始まった。最近の議論では、多文化共生の考えだけでなく、さらに踏み込んで統合政策を立てなければいけないのではないか、ということも言われている。
 外国人政策との関連で、これまでの経緯を見ると、明治大学の山脇啓造先生によれば、三つに分けられる。70年代は、関西を中心に起きた在日コリアンの定住化と差別撤廃運動。80年代は「地域の国際化」とニューカマーの増加。90年代からは、東海地方で始まっているニューカマーの定住化と外国人政策の体系化という区分である。
 自治体の動きも三つあるという。一つは大阪における同和問題と並行する形で取り組まれてきた在日コリアンの人権をベースにした施策で、それをベースに今増えているニューカマーにも適応していくという「人権型」。また、浜松のようなニューカマーを中心とした「国際型」の施策。そして、この両方の統合を目指した「統合型」の外国人施策をしてきた川崎市のような例である。

「対処療法」に追われる自治体

 ふたたび、愛知県に目を向けたい。私は大学の同僚と2006年に県内自治体の外国人政策調査を実施した。当時の外国人比率が3%を超えている自治体の担当部署へ質問をしたのである。外国人登録、出産・育児、就学、教育、労働、住宅、医療、福祉、参加などの多岐に渡る分野について質問を書いて郵送した。
 どの自治体も手掛けているというのは「ゴミカレンダー」くらいのもので、他の施策はバラツキがあった。この調査の結果、共通点として浮かびあがったのは、どこも「多文化共生の哲学を持っていない」ということだった。外国人施策をどう策定するのかというような基本方針が未整備なのだ。
 つまり、現状を後追いするような形で、次々と起きてくる問題を解決すると形で対処されてきた。在日10年以上の定住者がいると、多くの難しい問題も起きてくる。難問に対応する際 市町村の担当部署や担当者の資質が政策に大きく反映しているようだ。熱意のある人がたまたまそこの部署に配属されると施策が進展するのだが、人が変わってしまうとよくわからないという事態に陥ることがわかった。
 また、外国人施策は、人口比の多いところでより早く進展するものだろうと予想していたのだが、そうではなかった。実数が多いうえに、集住地域がある自治体においてより進展がみられたのだ。
 愛知県および県内の自治体において、韓国・朝鮮籍の住民は多いけれども、大阪など関西や川崎市とは異なって、あまり人権運動が顕在化してこなかった。したがって、外国籍住民施策に力を入れなくても自治体は過ごしてこられたという側面がある。しかし90年代以降、ニューカマーの外国人の急増で対応を迫られることになった。だから、人権という考えがないまま、どうやってこの問題に対処しようかというのが出発点なのだ。
 浜松市のイニシアティブで設立された外国人集住都市会議や愛知県などをみていると、ニューカマーの外国籍住民に対する政策やプログラムをリードしてきたことは確かだ。国が入国管理のみに関心を払ってきたのに対して、自治体が外国籍住民に対してサービスを提供してきた。そうした自治体の取り組みは評価されるべき点であろう。ただし、いったい国がどうするのかという基本政策がなければ、自治体に統合政策を頼るには無理がある。

多文化共生の意味を問う

 08年の9月以降、世界同時不況の下で、ブラジル人の8割が仕事を失ったという説もある。現在は少し回復しているようだが、非正規かつ「単純労働」でという雇用形態は何も変わっていない。ブラジル人労働者にとって、ステップアップしていくような道というのは日本の産業界にはあまり残ってないのだろうか。さらにブラジル人のコミュニティも弱体化している。ポルトガル語の新聞が4紙あったのが、1紙になったことはそれを象徴している。
 多文化共生政策を持っている自治体もあるけれども、「良い市民」を作ることを強調しただけの内実が多いようだ。しかし、そこからこぼれる人の問題は非常に深刻だ。たとえば学校に通わなく、あるいは通えなくなる子どもたちをどうするのかということは既存の多文化共生政策ではなかなか解決することはできない。つまり、就労先がなくなり、生活破綻の状態になった局面で、これまで市民団体が一生懸命積み上げてきた地域の共生がどれだけ力になりうるのかという問題に直面している。
 そういう意味で我々研究者も含めて、ここ10~20年近く考えてきた多文化共生って一体何だったのかということを、もう一度この事態の中で考え直さなければならない時期にきていると思う。


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