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国際人権ひろば No.83(2009年01月発行号)

人権さまざま

不況の年を生き抜こう

白石 理 (しらいし おさむ) ヒューライツ大阪 所長

世界人権宣言 第22条
 すべて人は、社会の一員として、社会保障を受ける権利を有し、かつ、(中略)自己の尊厳と自己の人格の自由な発展とに欠くことのできない経済的、社会的及び文化的権利の実現に対する権利を有する。

    同 第23条
     1. すべて人は、労働し、職業を自由に選択し、公正かつ有利な労働条件を確保し、及び失業に対する保護を受ける権利を有する。
     2. すべて人は、いかなる差別をも受けることなく、同等の労働に対し、同等の報酬を受ける権利を有する。
     3. 労働する者は、すべて、自己及び家族に対して人間の尊厳にふさわしい生活を保護する公正かつ有利な報酬を受け、かつ、必要な場合には、他の社会的保護手段によって補充を受けることができる。
     4. すべて人は、自己の利益を保護するために労働組合を組織し、及びこれに加入する権利を有する。

    日本国憲法 第25条
     すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
     2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

     アメリカに端を発する金融危機が、2008年後半には抜き差しならない状況に陥り、それが世界的な不況を引き起こすことになった。先進国政府はこぞって主要金融機関に公的資金を注入して危機を乗り切ろうとし、様々な景気対策を打ち出そうとした。しかし失業者の数は急速に増えているという。

     日本では、金融危機の影響は比較的軽微であるといわれながら、輸出に多くを依存する経済であるだけに、不況の影響は深刻である。企業は、業績の急速な悪化を理由として、期間契約社員、派遣労働者、パートタイムなど、正社員以外の非正規雇用の勤労者の打ち切りをはじめた。法的には全く問題ないとされている。日本ではかつて当たり前とされていた終身雇用が崩れて以来、この数年は特に、融通の利く雇用形態が法律で認められるようになったことによるという。グローバル化した経済の中、企業の競争力を維持するにはアメリカやヨーロッパの雇用形態を取り入れる以外ないとされた。

     「融通の利く雇用形態」とは、要するに企業の都合でいつでも入れたり切ったりできるということである。「自由に選べる働き方」などと、まるで働く者にとって可能性が広がる良いことのように宣伝されることがあったが、先が見えない、劣悪な条件の、不安定な雇用というのがその実態である。生活設計も出来ず、何時切られるかと心配しながら働かざるをえない。雇い主の無理な要求も受け入れざるを得ない。つらい、苦しい現実がある。

     働く者にとっては、雇用保険は不可欠である。しかし多くの場合、企業は、非正規雇用の勤労者の雇用保険にも、年金にも責任は持たない。雇われる者の「自己責任」ということになる。生活を支えるぎりぎりの賃金しかないとき、年金や保険を考える余裕はない。最も失業する可能性が高い勤労者が雇用保険のセーフティネットにかからないのである。さらにその先には年金のない老齢がある。

     弱い立場にある勤労者の人権を守るのが国、行政の責任である。何万、何十万という失業者がでる状況があるときに、政府は、企業に派遣切りをしないよう、契約打ち切りをしないように「要請」したと報道された。それを受けて企業が首切りをやめたというニュースはあまり聞かない。企業には「要請」を受け入れる余裕はないようである。政府の責任とはそのようなものではないはずである。働く者がいかなる状況にあっても人としての尊厳を保って生きることが出来るような制度的保障をする責任が国にはある。企業の「善意」に訴えることで国は責任を果たしたことにはならない。経済の動向によって、雇用が変動するような体制を国が認めるとき、当然のこととして失業する勤労者にたいする支援制度も整えられてしかるべきであった。

     昨年の暮れも間近い頃であった。企業の経営者の人権に対する理解を深め、結果として企業活動のなかで人権が尊重されるようにとなることを目指した企画を、ある中小企業の経営者に話したことがあった。「企業は、まずなにをおいても利益を出さなければならない。慈善事業をしているのではない。経済環境が厳しい今は特に、人権などに気を配っている余裕はない。生き残りのために必死である」。取り付く島もなく、話は終わった。
     企業は、当然のことながら、企業経営の利潤追求原則、市場原理によって活動をする。企業の「社会的責任」(CSR)は自然にでてくるものでもなければ、政府から不景気の最中、雇用の継続を要請されたからといって急に勤労者の人権尊重に目覚めるというものでもない。企業が、社会的責任を果たし、人権を尊重する以外に生き残る道がないというような制度と社会環境が必要である。長い目で見れば、それが企業にとっても良いことであるというような制度であり、社会環境でなければならないであろう。国の責任はここで、立法、行政施策などを通して発揮されるはずである。

     今、不況を生き抜くための緊急対策を、そしてこの危機を好機として、人権に基づいた制度づくり、行政施策を、求めたい。