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国際人権ひろば No.80(2008年07月発行号)

人権の潮流

LGBTIと医療~多様な性を生きること

藤井 ひろみ(ふじい ひろみ) 助産師・神戸市看護大学

レズビアンの受診経験調査から


 LGBTI・・レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)、インターセックス(I)等の人々は、医療の現場に対して、いったいどのような思いをもっているのだろうか。
 レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルは同性愛や両性愛など性的指向の次元において、またトランスジェンダーは性自認の、そしてインターセックスは生物学的性を二分する社会制度や文化、それらを背景にした医療などといった、おのおの違った背景を持ちながら、多様性を認めない無知や偏見によって、自分の意思と異なる扱いを受けやすい。こうした扱いが、医療において生じると、当事者は深刻な困難を抱えることになる。
 筆者は、2005年にレズビアンやバイセクシュアル女性を対象に、受診経験に関して調査をした。その結果、医療者に同性のパートナーについて伝えることができず、集中治療室での面会が難しくなり、あるいはカミングアウトをしたら対応を変えられたと感じる経験をしていた。こうしたことを予測して、受診を避ける人もいた。
 偏見や差別を恐れて受診や治療が疎遠となる傾向は、ゲイを対象にした調査でも報告されている。また筆者の調査では、ゲイに関しては比較的理解の進んでいるとみられる医療機関でも、レズビアンや女性のバイセクシュアルに関する知識は不足していた。
 1973年に米国精神医学会が精神障害診断マニュアルから同性愛を削除し、1990年にはWHOがいかなる意味でも疾患ではないと明言した。日本でも1995年に日本精神神経医学会がWHOの見解を認めた。このように、現在では同性愛はしょうがいや疾患として認識されることがなくなった。しかし・・同性愛者は医療と無縁かといえば、そんなことはない。風邪をこじらせたり、リストラされてウツになったり、交通事故に遭って怪我をしたり、様々な場面で医療を受け、ケアされることが必要になる。同性愛が疾患でもしょうがいでもないからと言って、医療機関で同性愛者が持つ困難さに配慮されずに医療を受けることは、次のような受診し辛さを生んでいる。たとえば、社会的認知が当然のようになされる異性パートナー関係と異なり、同性パートナーのプライバシー保護や、同性パートナーを支えている個別の友人関係などを血縁や姻戚関係同様に尊重すること、場合によっては同性愛者らを支援する団体をオブザーバーとして利害関係の調整を図るといったことなどが、尊重されなければ、同性愛者でもある患者は、自分にとって本当のキーパーソンについての説明が難しく、深刻な場合はターミナル期までをも配慮があれば経験せずに済む孤独のなかで過ごさねばならなくなる。そもそも受診をしている患者の中に同性愛者が存在しているのだ、という認識を、医療者が持つことがまず大切である。

LGBTIと性同一性しょうがい


 2006年、日本国内467の医療施設に対し、LGBTIの患者への診療・看護の経験や職員研修の有無について、アンケート調査をおこなった。回答があった96施設中、経験ありと答えた施設は、レズビアン13施設、バイセクシュアル14施設、ゲイ19施設、インターセックス20施設、トランスジェンダー31施設という結果だった。
 近年、性同一性しょうがいを持つといわれる人々への、社会的関心が高まっている。2003年には、「性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行された。性同一性しょうがいとは、法のなかの定義によれば「生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているもの」とされる。この法によって、性別に違和感を持つ人々は医療機関を訪れて医師の診断・治療を受け、法の要件に適合していれば、戸籍上の性別変更も可能となった。
 法制定前後の過程で、さまざまな運動が報道されたり、性同一性しょうがいを持つ人と国会議員らの交流が生じるなど、性同一性しょうがい者が抱える困難さが広く認知されたのは、画期的なことだったと思う。
 しかし、この法律には問題点も多く指摘されている。その一つに、人間として根源的な性自認という問題に対して、医療の介入が行われるという点だ。性別に対する違和感を、しょうがい、と見ることが適切なのかという意見もある。論点について考察をしている活動家や研究者が大勢おられるので、ぜひ参照してほしい。
 一方で、性同一性しょうがいへの社会的注目と反比例するように、トランスジェンダー皆が性別違和感によって他の性別に適合しようと医療にかかりたいわけでない、ということは見落とされがちである。あるいは、性自認の問題への注目が、「身体は男で心は女」などという言い方が流布したように、性は男女の二つしかないという安易な認識を強化してしまう面もある。また性自認と性的指向は別の概念だが、同性愛と性同一性しょうがいとが、混同して理解されていることもある。
 性同一性しょうがい者の社会的認知が進み、かつその認知には医療の介入が伴うという性同一性しょうがい者の現状から、医療者にとってはしばらくの間、性同一性しょうがい者の治療や看護の経験は増していくだろう。しかし、しょうがいの理解が、必ずしも「多様な性」を生きる人間を受け入れる価値観を育み、またそうした広い価値観をもって医療にあたることに、つながっていくだろうか。

LGBTIにとって安全で快適な医療を求めて


 レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルは、同性愛が疾患ではないとされて以降も、医療者のなかにある無知や偏見にさらされ続けている。トランスジェンダーは、出生時に割り当てられた性別と自己の性自認の違いによる困難を抱えて生活している。性別はどの文化にもあると言われ、性別記載は日常生活のあらゆるところに行き渡っている。受診する際も、保険証には性別欄があり、診察券にも、カルテにも、あらゆる場面で性別違和感を反芻させられる。あるいは身体を適合させても、性別記載が旧のままでは、生活し辛さは残る。しかも性別変更が可能なケースは少数であり、また必要な医療の受け皿も少ないのが現状だ。
 インターセックスには、多様な身体状況の人がおり、性別が男女二つに区分されるものではないことを認めない社会によって、問題が生じている。出生後の早い時期に、性別を決定され性器に外科的介入がなされることもある。これに対しては、本人の意思確認ができる年齢になるまで待つべきだという、当時者団体の意見がある。
 どの問題も、ただ医療現場だけが取り組むには大きすぎる。同性愛への偏見や嫌悪(ホモフォビアといわれる)や、性別の二元的な捉え方は、社会に深く根を張っており、医療の場で起こっていることはその発露にすぎない。しかし、99%の新生児が医療機関で生まれる現代社会に在って、医療現場でその集団の安全が守られないことの影響は大きすぎる。特に、精神医学による同性愛の捉え方の変化の歴史や、現代のトランスジェンダーの社会的注目度が診断と治療の適用によって大きく変わってきたことをみると、医療の与える影響の大きさがわかる。性の多様性を生きるうえで、LGBTIに安全で快適な医療を保障することが重要だ。

[参考文献]
・藤井ひろみ、桂木祥子、はたちさこ、筒井真樹子(2007)医療・看護スタッフのためのLGBTIサポートブック、メディカ出版

・日高庸晴(2000)ゲイ・バイセクシュアル男性の異性愛者的役割葛藤と精神的健康に関する研究、思春期学Vol.18、No.3、264-272

・平沢泉美編著(2003)トランスジェンダリズム宣言-性別の自己決定と多様な性の肯定?、社会批評社
・田中玲(2006)トランスジェンダー・フェミニズム、インパクト出版

・筒井真樹子(2004)トランスジェンダーとパートナーシップ-異性愛主義と性別二元制を超えて-、赤杉康伸ら編著『同性パートナー?同性婚・DP法を知るために』pp206-223、社会批評社

・山内俊雄(2004)改訂版性同一性障害の基礎と臨床、新興医学出版社