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国際人権ひろば No.78(2008年03月発行号)

特集・世界の人権教育のいま Part 4

アメリカにおける民族的マイノリティの子どもたちの学習権保障に向けた取り組みの示唆するもの

師岡 康子(もろおか やすこ) 弁護士、ニューヨーク大学留学生

 私は現在、アメリカで外国籍・民族的マイノリティ[1]の子どもたちの学習権保障の取り組みについて学んでいる。アメリカではすでに約40年前にバイリンガル教育[2]法が制定され、現在もバイリンガル教育へのさまざまな努力が行われている。これまで学んだアメリカの取り組みの中で、現在の日本における状況に示唆を与えてくれるであろう2つの事例を紹介したい。

アメリカのバイリンガル教育法制定の取り組み


 1960年当時、カリフォルニア州、テキサス州などアメリカ南西部[3]では、隣接するメキシコなど南米から移住したスペイン語を母語[4]とする子どもたちが多く存在したが、学校でのスペイン語使用を禁止し、英語のみで授業を行うことを定める州法が制定されていた。マイノリティの子どもたちは母語・母文化を捨て、英語を中心とするマジョリティのいわゆるアングロサクソン文化を身につけることが望ましい(アングロ・コンフォーミティ)とされ、同化教育が強制されていたのである。しかし、その結果、英語による授業についていけず、また自尊感情を損ない、ドロップアウトする子どもたちが続出した。当時、南西部5州でアングロサクソン系の子どもたちが平均12年間の学校教育を受けていたのに対し、ラテン系の子どもたちは8年間の学校教育しか受けていなかったという調査結果もある[5]
 これに対し、全米最大の教員組織である全米教育協会が、この問題に取り組み、1966年、「南西部の学校におけるスペイン語を話す子ども」と題するシンポジウムを開催し、調査委員会を設置して報告書をまとめた。そこで提言していることは、スペイン語を母語とする子どもたちに対し、少なくも小学校低学年はスペイン語と英語の両方で教育をおこなうこと、母語教育のプログラムを就学前から高校まで継続すること、子どもたちが自らの文化と言語に誇りをもてるようあらゆる手立てを尽くすこと、スペイン語を話す教員の採用、特にメキシコ系アメリカ人に教職を勧めること、バイリンガル教育研究やバイリンガル教員養成において学校と大学は協力すること、バイリンガル教育推進につき連邦政府・州政府は学区を援助すること、スペイン語の使用を禁止する州法を無効とすることなどである[5]
 そして、このシンポジウムに参加していた議員たちが中心となり1967年に連邦議会にバイリンガル教育を支援する法案を提出し、1968年にはバイリンガル教育法(正式には初等中等教育法の改正で、連邦政府による自治体に対するバイリンガル教育への補助金支出を定めるもの)が成立したのである[6]

日本におけるマイノリティの子どもの不就学問題


 日本においても現在、外国籍、とりわけ日本語以外を母語とするいわゆるニューカマーの子どもたち[7]の不就学が大きな問題となっている。文部科学省も義務教育年齢の子どもたちの実態調査を行い、2007年8月に報告を行った。その結果は不就学率は1.1%というこれまでの各種調査結果とかけ離れたものであったが、連絡がとれなかった者17.5%を加えると全体の約2割となり、ある程度不就学の実態を反映していると思われる。残りの子どもの6割が日本の学校、2割が外国人学校となっている[8]
 同省のこの問題に対する方針は、外国籍の子どもの「日本語指導」と「日本の学校生活への速やかな適応化」である。同省の調査によると、2006年5月1日現在、日本の小中高、養護学校等に在籍する外国籍の子どもは約87,000人、うち日本語指導が必要な子どもは約22,000人であり、ポルトガル語若しくはスペイン語を母語とする子どもが過半数を占めている。
 もちろん、日本語指導じたい、日本で生活する子どもたちには必要不可欠であり、後述するように、現在まで極めて不十分にしか行ってきていないことの問題点は大きい。
 しかし、そこに欠落しているのは、アメリカでの提言が指摘している、母語教育の保障、子どもたちが自らの文化と言語に誇りをもてるようあらゆる手立てを尽くすべきという観点である。マジョリティの言語・文化の強要により、子どもたちのもっている母語・母文化を否定することは、子どもたちの自尊感情を傷つけ、学習意欲も損うこととなり、それが不就学問題の大きな原因のひとつであることを直視すべきである。
 日本においては、ブラジル学校・ペルー学校などの外国人学校[9]が日本の学校からはじき出された子どもたちの実質的受け皿として機能している。外国人学校に在籍する生徒の多くは当初日本の学校に通い、そこで母語や母文化を教員や日本人生徒からからかわれたりいじめられたりしたことが原因で日本の学校をやめて外国人学校に移籍しているのである[10]
 そもそも教育は、国際人権諸条約にみるように、子どもたちの誰もが等しく人として尊重され、アイデンティティを確立し、自らの可能性を最大限伸ばすことができるよう、子どもの権利として保障されるべきである。マイノリティの子どもたちがアイデンティティを確立するには、自らの出自にかかわる母語・母文化について学ぶことが必要不可欠である。
 また、国連人種差別撤廃委員会が日本政府に対し、「日本の公立学校において、マイノリティ言語による教育へのアクセスを確保するよう勧告」しているように、マイノリティの子どもの学習権を実質的にマジョリティの子どもと等しく保障するには、その母語教育保障が不可欠である[11]
 文部科学省は2007年、「初等中等教育における外国人児童生徒教育の充実のための検討会」を発足させ、また、「帰国・外国人児童生徒受入促進事業」の調査研究を開始するなど、本格的にこの問題に取り組みを始めた。しかし、政府は2006年にもともと「国民の育成」を目的として掲げている教育基本法にさらに愛国心教育を加え、日本人中心教育の傾向を強めており、このままでは、外国人の子どもたちへの同化強制のみを強める危険性がある。
 不就学問題を契機とするアメリカでの取り組みがバイリンガル教育法を実現させたように、日本でも、不就学問題を外国籍・民族的マイノリティの子どもたちの学習権保障の観点からとらえ、日本語教育のみならず、母語教育を法律で制度的に保障することが求められている。

画期的なラオ最高裁判決


 もうひとつ、アメリカにおけるバイリンガル教育に決定的な影響を与えたものとしてラオ判決[12]がある。1970年、公立学校における中国系の生徒たちが、十分に理解できない英語のみで行われる授業を受けていることは教育の機会均等を保障されておらず、憲法の平等条項及び公民権法違反であるとしてサンフランシスコの教育学区を相手として訴訟を起こした。1審、2審では敗訴したが、1974年、最高裁は、原告の訴えを認め、学区は英語の能力が十分でないマイノリティの子どもたちに対しそれを補う積極的な手段をとらなければならないと判示した。その理由を、「単に同じ施設や教科書、教員、カリキュラムを生徒に提供しているというだけでは、それは子どもたちを真に平等に扱っていることにはならない、平等な待遇とはいえず、英語を理解しない生徒に対して、事実上、意味のある教育から締め出しているのも同然である」「子どもがすでに身につけた言語上の基礎力を前提とした効果的な教育プログラムに参加する以前に、英語で必修科目を強要するといったことでは、公教育が笑いものにされる」[13]と説明している。
 なお、このラオ判決じたいは、バイリンガル教育保障などの具体的手段まで指示してはおらず、実質的平等の観点から、行政が英語以外を母語とする子に英語能力を身につけさせる法的責任を負うという点に比重をおいた内容であった。同判決は、同年の教育機会均等法(連邦の基金を受けている学校は、英語以外を母語とする生徒のために特別なプログラムを盛り込まなければならないと規定するもの)の成立をはじめその後のマイノリティの学習権保障に関する行政、立法、司法に大きな影響を与えた。

現在の日本政府に贈りたい判決内容


 日本政府は、この判決から30年以上たっている現在も、「マイノリティ言語を使用する子どもに対して、希望する場合には公立の小・中学校に受け入れ、日本人と同一の教育を受ける機会を提供して」いる、「受け入れた後の取り扱いについては、授業料不徴収、教科書無償給与など、日本人児童生徒と同様に取り扱うことになっている」から差別はないと主張している[14]。同様のアメリカの行政側の主張に対し、アメリカ最高裁は、それでは真に平等に扱っていることにならず、事実上、子どもたちを教育から締め出しており、それは恥ずかしいことである、と指摘したのである。
 文部科学省は、近年、日本語が母語でない子どもがいる場合、日本語指導を行うようとの方針は出しているが、その内容は極めて不十分である。全国に22,000人いるという日本語が十分でない子どもたちに対して、同省の最大の日本語指導支援策である加配教員経費の3分の1の補助がなされたのは2007年の積算で全国985人分しかない。実際は自治体、学校、教員に責任が押し付けられており、たとえば東京都のある自治体における「日本語指導」とはクラスに日本語が母語でない子どもがいる場合、最初の数十時間はその子の母語がわかる人(教員資格は不要)が教室内に同席するのみであり、その人を担当教員が個人的に努力して探して来なければならないという。同省の調査結果でも、このようなお粗末な内容を含む、「何らかの日本語指導」をしている割合が8割強で、残りの生徒には一切の日本語指導を行っていない。
 いま日本で、まったく日本語指導を受けずに、もしくはほとんど受けずに、理解できない日本語での授業を公立学校において毎日強要されているブラジル人の子どもが、日本の裁判所に、学習権が平等に保障されていないと訴えたらどうなるであろうか。自由権規約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約などの国際人権諸条約により、子どもの学習権は国籍・民族などにかかわらず居住国が保障する義務があり、日本の子どもと「等しく」扱わなければならないことは条文上明らかであるが、最高裁が、子どもの立場にたって、アメリカ最高裁と同様至極当然の内容の判決を出せるのか、見てみたいものである。

 現在、日本におけるマイノリティの子どもたちは、日本語教育も不十分で、母語・母文化は否定されたまま、自分の能力、民族・出身国などへの否定的感情に押しつぶされそうになりながら、毎日教室で精神的拷問状態に置かれているといっても過言ではない。子どもたちの状況を変えるために、アメリカでの取り組みの紹介が何らかのヒントになればと願っている。

1. アメリカの国籍法は出生地主義であり、マイノリティの子どもたちのかなりの部分はアメリカ国籍をとることができる。この点は日本では血統主義ゆえ外国籍者の子どもは外国籍のままであり、国籍による差別は別の大きな論点であるが、本稿ではその点は詳論しないこととする。
2. バイリンガル教育には、母語教育維持型、マジョリティ言語単独への移行型などいろいろなタイプがある。中島智子編著『多文化教育 多様性のための教育学』(明石書店、1998年)
3. もともとアメリカ南西諸州は1846-48年の米墨戦争の結果、メキシコから武力により奪った土地である。メキシコは1848年講和条約により領土の52%を失った。そこに住んでいた8万人のメキシコ人がメキシコ系アメリカ人の元祖であり、20世紀以降はメキシコから移民として数百万人の人々が移住した。
4. 「母語」とは通常は親から受け継ぐ言語を指すが、マイノリティの置かれた差別的環境により親の言語が母語にならない場合もあり、継承語もしくはコミュニティ言語との用語の方が適切であると考えるが、本稿では母語と表記する。ジム・カミンズ他著『カナダの継承語教育?多文化・多言語主義をめざして』(明石書店、2005年)
5. 末藤美津子『アメリカのバイリンガル教育?新しい社会の構築をめざして』(東信堂、2002年)。
6. バイリンガル教育法において「バイリンガル教育」とは何かとの定義が不明確であったこと、バイリンガル教育を学区に義務付けるものではなかったことなどの問題点があるが、本稿では詳論しない。
7. 1989年、日本政府は労働力不足補充という企業からの要請に応え、日系移民の子孫とその家族を移民労働者として受け入れる入管法改定を行った。その結果、南米系の人たちの人口が急増した(法務省によると、2006年末現在でブラジル人は約31万人)。
8. 文部科学省HPより。以下、同省データはすべて同省HPに掲載されている。
9. 月刊イオ編集部『日本における外国人学校』(明石書店、2006年)
10. この点に関しては公の統計数字はまだないと思われるが、これまで筆者が何十人ものブラジル学校在籍中及び卒業生の子どもたちから直接聞いた話から推測すると少なくとも過半数を占める。脚注9の書籍を参照されたい。
11. 「アメリカの多文化教育」横田啓子、1995年、明石書店。「多民族共生教育フォーラム2007東京」HP参照。条約、勧告は外務省HP、日弁連HP参照。
12. ラオとは、原告団の一人の子どもの名前であり、その子の名前をとって、通常ラオ判決と呼ばれている。
13. 賀川真理「カリフォルニア州におけるラティーノの伸張と言語教育政策』『阪南論集Vol.42 No.2』(阪南大学学会、2007年)
14. 文部科学省HP、人種差別撤廃委員会の日本政府報告書に関する最終見解に対する日本政府の意見など。日本政府は、前提問題として、外国籍の子どもには教育を受ける権利がない、外国籍の子どもが日本の学校に入ることを希望すれば受け入れる方針ではあるが、これは子どもたちの権利=行政の義務ではなく、いわば恩恵との立場をとっている。明らかに子どもの権利条約など日本が批准した国際人権諸条約と矛盾するこの立場は、何度も国連人権諸機関から注意を受けている。また憲法26条の解釈として、外国籍の子どもも教育を受ける権利がある、との考えが多数説である。

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