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国際人権ひろば No.77(2008年01月発行号)

特集・46年目の軍政-ミャンマー(ビルマ)の今を考える Part2

ビルマ民主化と日本の課題-不在の二元論を捨て、実質的な政策見直しを

箱田 徹 (はこだ てつ) ビルマ情報ネットワーク代表

 「例えばポリオのワクチン供与するの、これやめますか。軍政が悪いからといって、ポリオのワクチンを供与するのをやめろと言うんですか。私はそういう考えは取りません」

 これは2007年11月14日に行われた参議院・政府開発援助等に関する特別委員会での、近藤正道議員の質問に対する高村正彦外務大臣の答弁の一部だ。ここで外相が引き合いに出した案件は、政府が9月に決定した、ユニセフを通じた約187万ドル(約2億1700万円)の緊急無償資金協力案件である[1]
 高村外相の発言は最近の日本政府のビルマ問題についての姿勢をよく示している。有効な関与ができていないことへの苛立ちと、開き直りともとれる態度である。じっさい外相は「民主化勢力=善、軍政=悪」と「制裁=善、援助=悪」という2つの(欧米流の?)二元論を越えたところに日本の立場があると言いたげだ。だがこの発言は空疎に響く。というのもそうした図式など実際には存在していないからだ。

国内対話の新たな展開の可能性


 ビルマ問題にはよく「三者対話」という表現が登場する。「三者」とは民主化勢力と民族勢力、国軍というビルマの民政移管に関わる主要なアクターのことだ。詳しく言うと民主化勢力とは、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)や、近年のビルマ国内の運動で中心的な役割を担う活動家グループを指す。また民族勢力とは、総人口の3~4割を占めるとされる、ビルマ民族以外の数十の民族のことであり、この中には軍政と停戦した組織も、カレン民族連合やシャン州軍など軍政と依然交戦中の組織もある。民主化勢力と民族勢力はこれまでも、温度差や利害の違いはあるにせよ、三者による対話の実現を求めてきた。
 対話を求めることは物事を善悪という枠組で考えるのをやめることだ。他者を「悪」と規定することは対話を拒絶し、相手を抹殺の対象と捉えることだからだ。残念ながらこの点で軍政は「不穏分子のせん滅」という軍事的な発想をいまだ保持している。とはいえ石油と天然ガスの収入に依存し、強行策に固執し続ければ、現在の強力な後ろ盾である中国とロシアからいずれ見放されかねない。また実質的な制裁措置が強化される可能性も視野に入っている。他方、現実的な問題として、軍政の圧倒的な資金力と軍事力によって、徐々に活動の範囲が狭められてきた民主化勢力と民族勢力に対話以外の選択肢はない。したがって問題はビルマ国内の当事者が、軍事政権に対話の必要性を理解させることにかかっている。
 この点で最近の注目すべき動きの一つに、8月以降の事態を通じて浮上した宗教者の存在がある。2007年12月に来日して日本仏教界にビルマ支援の必要性を訴えた、ビルマ仏教の有力者パンニャバンサ長老(シンガポール在住)は、母国ビルマで起きた仏教僧への弾圧をビルマ仏教の未曾有の危機と捉えた上で、次のように述べている。

 「ビルマ国民の苦しみが、歴代の抑圧的な軍事政権と、度重なる抑圧と失政によってこれほど長期にわたっていることは自明であり、否定できない真実である。(略)相互に愛と慈しみを抱き、共に発展を望むという前向きな歩みを始めることにこそ、軍事政権と国民の最良の利益がある[2]」。

 もちろんこの呼びかけにすぐさま軍政が耳を貸し、交渉の席につく望みは薄い。だが従来は表だった動きを見せなかったビルマ仏教界から、国民の利益というビルマ的な表現を通じて、対話を求める声が出てきたことは注目に値する。三者対話が膠着状態にある現在、これまでの構図の外側にいる宗教者からの呼びかけは、2007年の民主化運動を担った若い世代の台頭と共に、中期的な効果を生む可能性がある。

「人道」の軽さ


 高村外相の「軍政が悪いからといって、ポリオのワクチンを供与するのをやめろと言うんですか。私はそういう考えは取りません」という発言には次の発想がある。すなわちビルマに関しては制裁と援助が排他的な関係にある。だがその対立は、困っている人の存在、つまり「人道」を唱えることで乗り越えることができ、援助も可能になるというものだ。しかしこのような排他性は存在しない。
 そもそも民主化勢力や民族勢力はビルマへの援助すべてに反対しているわけではない。アウンサンスーチー氏がかねてから言うように、アカウンタビリティと透明性が確保され、政府による中間的な搾取やごまかしがなく、必要な人の手に直接渡るのなら、援助は行われるべきというのが、当事者間のだいたいの共通認識だ。だが現状ではこうした条件の履行が、主に軍政の規制や妨害によって相当困難になっている。
 さらに言えば、いくら援助をしたところで、国内での態勢が整わなければ事態は一向に進展しない。例えばビルマ軍政は国家予算の半分を軍事費につぎこみ、保健衛生や教育など民生部門にはほとんど資金を回していないとされる。その結果、UNDPの人間開発指数で見ると、ビルマのランキング(132位)はラオス(130位)やカンボジア(131位)と同程度である。軍政には人々の生活水準を向上させようという意思が明らかに欠けている。
 こうした状況下で「人道」援助を続けても、当事者の努力とは関係なく、きわめて限定的な効果しか生まないのは目に見えている。それに「人間の安全保障」という名前を冠し、統治能力の低い政権下の人々への支援が日本の責務だと説いてみたところで虚しい。じっさい日本の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」が、軍政の御用組織として、その幹部が米国やEUの制裁対象者に含まれている、ミャンマー母子福祉協会(MMCWA)や連邦団結開発協会(USDA)に拠出されることなど常識的にありえない話だ[3]。前掲の高村外相の発言が空疎に響くのは、日本政府の言う「人道」が実態としてあまりに軽いからなのだ。
 制裁と援助が排他的な関係にないことは、欧米諸国を見ても理解できる。そのすべてについて筆者は判断を下す情報を持ち合わせていないが、金融制裁やビザ発給停止措置などの一方で、ビルマ国内の保健衛生関連分野への援助や隣国国境に住む難民への支援のほか、自国に移住したビルマ難民への援助など様々な取組みが行われている。

結論


 日本政府は、欧米流の二元論とは異なる、日本独自の対ビルマ外交を模索すべきだという思いこみに囚われ、身動きができないでいる。だが現実の世界には民主化勢力、民族勢力と軍政の間にも、制裁と援助についても二元論的な発想はない。そこに存在するのは、国際政治上の複雑な利害対立と共に、ビルマ民主化への効果的な支援策の模索であり、そこでは制裁も援助も選択肢の一つである。
 ビルマに関してASEANが提唱した90年代後半以降の「建設的関与政策」は挫折し、日本の独自路線にも出口がない。他方で欧米などの制裁措置は実質的な効果の薄い形式的な段階から、ようやく実質的な段階に向かいつつある。ブレイクスルーはいまだないものの、ビルマ国内では若い世代や宗教者の中から対話を目指す動きが生まれてもいる。こうした状況下で日本政府に必要なのは、あらゆる選択肢を考慮に入れた対ビルマ政策の再検討である。その中には制裁措置だけでなく、ビルマ国境の難民・移住労働者のほか、在日ビルマ難民への支援も含まれる必要がある。掛け声や自負だけの「独自路線」も、言い訳がましい「人道」の旗も降ろすべき時期なのだから。

1. 外務省「ミャンマーに対する緊急無償資金協力について(ポリオ予防接種に対する支援)」、2007年9月14日http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/jisseki/keitai/kinkyu/070914_1.html
2. ササナモリ(仏教最高長老評議会)国際ビルマ仏教僧協会「ビルマ 仏教長老の日本訪問に際して」、2007年12月7日、http://www.burmainfo.org/religion/sasanamoli200712.html
3. 秋元由紀「ビルマ(ミャンマー)の民主化運動:軍政を支援してきた日本の責任は」『国際人権ひろば』第76号、2007年11月。

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